Unnatural Worlds
第二部 龍の炎
第四章 澄み渡る星空
三つの古代魔法




 戦闘が幕を開けた。
 最前線で、主力となって戦っているのは、アンとライアルだ。しかし、そうは言っても、妖界王の動きを、何とか封じようとしているのが分かる程度である。それだけ、妖界王は強かった。
 後方で魔法を使っているのが、フレアだ。ジェンは、フレアの魔法の援助に回っている。リリーとカシワは、素早く動くライアルに、照準を合わせて、治癒魔法を使っていた。
 協力はできていた。しかし、団結、と呼べるほどのものではない。前衛と後衛は、攻めと守りを合わせることなく、各々好き勝手に戦う。
 しかし、ライアルにはされで良いように思えた。一人一人を無視する団結という言葉は、あまりにも不似合いだ。
 将軍は、その戦いを、もどかしそうに見ていた。しかし、スザクの魔法がしっかりと将軍を縛っている。ライアルは、将軍の様子が気になったが、振り返って見ている余裕などない。
 この世で最も強く、覇王とも魔王とも呼ばれる男、それが妖界王だ。その戦い方が、決して人離れしているわけではなく、基礎的で、単純な動きだった。しかし、基礎的で単純な動きだからこそ、それは全ての攻撃や守りに適用される。
 しかし、ライアルとアンの相手をしながら、ジェンの魔法で増幅されたフレアの魔法を打ち消す魔法を使う。その魔法も、決して複雑な魔法ではなかった。誰でも使える魔法だ。しかし、その威力はフレアを遥かに凌ぐものだったし、その制御の技術も、四楼以上だった。
 ライアルは、妖界王に勝ったことがある者が一人もいない理由が、分かったような気がした。妖界王は、特殊な力を使っているわけではない。だから、妖界王に勝つには、おそらく彼がしたように、莫大な努力を積み上げていく他はない。
 ライアルは、歯を食い縛り、素早く動く妖界王の持つ短剣を流しつつ、すきさえあれば、力を篭めて小さな魔法を放った。本来の自分に戻っているため、普段よりも格段と早く動け、力も強くなったが、湧きあがる魔力を封じる精神力は、馬鹿にならないほどのものだった。
「苦しいか」
 ふと、心地良い高さの低い声が流れてきた。酷く落ち着いている。ライアルは素早く動かされる短剣を、何とか防ぎながら、視界の端でぼやける赤茶色を睨んだ。
「望んだわけではなく、強い力を持つ者は、数多くいた。ある者は、それをたった二人の大切な者を守るために使い、ある者は自分の身が滅ぶまで、その力を利用し続け、ある者はその力から逃げた」
 アンの黒鎌が大きく動いた。ライアルは慌てて後退する。目に見えるか見えないかの速さで、動く黒鎌と短剣がぶつかる。ライアルは、素早くアンの援護に回ろうと、妖界王に近づいた。
「皆、それほど長くは、この大地に足をつけてはいなかった」
 大きな手が伸びてくる。ライアルは反射的に身を捩ったが、冷たい手が腕に当たる。しかし、当たった瞬間、手は腕か離される。ライアルは、転がるようにして、未だに戦う二人から離れた。
「ほう、まるでハリネズミのようだね」
 ライアルが起き上がっている最中に、凄い魔力だ、と妖界王はにやりと笑った。
「ふふっ、顔が似ていないことはないわ」
 アンはいつもの微笑みを浮かべているが、やはり、目が笑っていない。黒鎌と短剣が再びぶつかる。ライアルは、それらを見た。アンと目が合う。
 それは、ライアルの目に映ったことはない。しかし、既視感ではない。ライアルは、大きく息を吸った。
「お前ら、全力で自分を守れ。もし死んだら、容赦しないからな」
 振り返って、後ろの人間に叫ぶ。
「死んだら、何もできないだろ」
「五月蝿い。細かいことを色々と言うな」
 そう叫びながら、ぐわんぐわん揺れる頭に叱咤する。
「漸くやってくれるんだね」
 軽やかな声が風に乗ってくる。
「私に任せろ……って、スザク、フレ、お前ら……」
 将軍をリリーに任せて歩いてくるスザク。フレアは、既に周囲の空気が収束しており、それが明らかに壁のようなものを作る魔法ではないことが分かる。
「スザク、レンお兄ちゃんをずっと見てたもん。できるよ」
「別に、君如きの魔法でやられるはすがないよ」
 二人はライアルの横に並ぶ。目の前では、アンと妖界王の激しい戦闘が行われている。当然のことながら、アンはぐいぐい押されている。
 スザクの周囲の空気が収束する。
「エイザス・インド(静かな風)」
 時間が止まったかのように静かになる。妖界王も動きを止め、にやりと笑みを浮かべた。その隙に、アンが素早くライアルたちの後ろへ下がる。
「レム・ランラ・ローディア(神による氷の嵐)」
「ドラゴリア・フィナール(龍天災)」
 間髪入れずに、フレアとライアルが高々と古代語を唱える。酷い吹雪だ。夥しい数の氷柱が妖界王を襲う。そして、すぐに轟音が鳴り響く。轟音と共に降り注ぐのは、土砂、水、雷。そして、地面は激しく揺れる。
 ライアルは、アンの闇のベールがどうにか持ってくれることを祈った。轟音が静かになっていく。
 魔法が消えていく中、ライアルは後ろを向いた。そこには、しっかりとした闇のベールがあった。
「マントの裾が汚れてしまったではないか」
 全てが消えた中で、妖界王がにやりと笑っていた。無傷だが、マントの裾は泥だらけだ。ライアルは、妖界王の顔をじっと見た。
「認めよう。まだまだではある。しかし、まだ始まったばかりだろう」
 ライアルは座り込んだ。叫んでいた体が静かになる。
「誰も死ななかった……」
 ライアルは、心から安堵したように笑った。

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