窓際に座っているのは、明るい金髪の男だった。鮮やかな青の瞳を伏せ、窓枠にもたれかかっている。妖界軍将軍カースだ。
フレアは、突然現れた兄に駆け寄ることもなく、追い出すこともなく、寝台に横になっていた。体中が痛むし、疲労は限界まで溜まっている。仲間たちの中では、何とか隠し通せたが、もう限界なのだ。
「フレア、何故、僕は君に会いにいかなかったと思う?」
フレアは体を起こし、壁に凭れかかって、何も言わずに兄の姿を見た。
「もし、僕が向かいに行けば、君は妖界に着いてきただろう。それではいけないんだよ、フレア」
ダイは天井を仰ぎ、そのまま漆黒の空に顔を向けた。
「何故?」
ぼつりとフレアが尋ねると、ダイはフレアの方へ目を戻した。
「僕は、フレアが利用されるのだけは、避けたかった。僕は野心家だったけど、フレアは違うだろ」
フレアは何かを言おうとした。しかし、ダイはフレアが口を開く直前に、ダイはふわりと微笑み、言った。
「探してくれてありがとう。じゃあね」
ふわりとダイの体が揺れた。そのまま、その体は、窓の外へ消えていく。フレアは、窓に駆け寄った。しかし、窓から下を覗いても、そこには、暗々とした世界が広がっているだけだった。
フレアは、ただ呆然と、兄の消えた闇の世界を眺めていた。
どれたけ時間が経っただろうか。ノックもされない扉が、ゆっくりと開いた。
「フレア、大丈夫か」
ひょっこりと顔を出したのは、緋色の髪の少年だ。体中包帯だらけで、おまけに布で頭を巻き、いかにも重症患者といった様子だが、顔色は頗る良い。全ての元凶が、あまりにも元気そうで、人外であることが分かっていたとしても、不快なものは不快である。
しかし、ライアルはそんなフレアを無視して、へらへらと笑いながら、寝台に上がらせた。
「お前は、一応人間だからな」
続いて入ってきたリリーを、ライアルは手招きする。
「兄貴のことか」
ライアルは、わざと淡々とさせたような声で、フレアに尋ねた。
「そんなわけないだろ」
即答だった。ライアルが、僅かに顔を顰める。
そして、被服治療は面倒なんだからね、と文句を言うリリーを無視して、フレアは黙り込んだ。
ライアルは、部屋から出ようとしなかった。怪我が酷い、などと言っているリリーに軽く相槌を打ちながら、部屋に居座った。
一通りのことが終わり、出て行くかと思えば、二人共、どっかりと椅子に座ったままだ。
居座る気らしい。ライアルは、ぐったりと壁に凭れかかっているフレアに向かって、大きく溜息を吐いた。
「それで、お前はこれからどうする気なんだ。十年掛けて探していた兄は見つかった。兄は音沙汰ない。さあ、次はどうする」
フレアは黙っていた。ライアルは、しっかりとフレアの方を見据えており、リリーも、打ち合わせがしてあったかのように、フレアを見ていた。
いつの間にか、ライアルの隣に、ちゃっかりとアンが立っていたが、そんなことはどうでも良い。
フレアは黙っているつもりだった。答えなど最初からないのだ。
暫くして、ライアルが口を開いた。
「お前は、私たちについて来い」
フレアは、目を細めた。しかし、ライアルは構わずに続ける。
「ジェンもいる。話が通らんことも無いだろう」
「ふふっ、ジェンが、キナに我侭言って、通らなかったことは無いのよ」
アンは、例の笑みを浮かべている。
ふわりと微笑む小柄な教師が、フレアの頭に浮かんだ。
「私が、我侭言って、通ったことは無いんだけど」
どういうことよ、とでも言うように、リリーは空色の目を細めた。
「人徳の違いだな」
ライアルは、間髪入れずにさらりと言った。反射的である。
「あんたなんか、まともに会話が成り立ってないじゃない」
「問題は、何の問題もないお前だ」
一体、四楼をどれだけ怒らせているんだ、とフレアは思った。窓の外の夜は深い。
出て行った、出て行った、とライアルはリリーとアンを追い出していた。