私はリスティー隊長に、他の隊長を紹介して貰えることになった。正直なところ、あまり嬉しくない。エフィスと敵対しているのは、シナギだけではないわけだから、こんな失礼な軍公を放り出して、どこかに行く方が絶対良い。
 しかし、他の隊長の所まで行く道で、リスティー隊長は話し掛けてくれた。
「ところで、何でエースちゃんは、ここに来たのかしら」
「共和国のやり方が気に入りませんでした」
 嘘は吐いていない。私は共和国のやり方は嫌いだ。
 エフィス共和国。史上初の議会制政治を確立した巨大な国である。
 民衆の意見が反映される政治。それは、長く帝政の続いていたエフィスの民衆の革命の産物だった。民衆の代表が集まる国民議会。その力は絶大だった。次第にエフィスの経済力は増大し、国力も上がった。
 国力が増大してくると、共和国は、このシナギのような小国を併合していき、共和国の中の自治区としていった。
 そして誕生したのが、今の巨大共和国である。
「私もそう思うわ。共和国は、とっても傲慢なの。議員なんて、みんなエフィス人じゃない」
「だから、エフィス至上主義的政治になるんでしょうね。周辺国の歴史的書物は焚書。そして、遺跡の破壊。エフィス以外の遺跡を全て破壊するなんて、許せません」
 リスティー隊長は、シナギ人だ。私は唇を噛み締めるような様子を見た。
 リスティー隊長と私は違う。私はリスティー隊長のことが好きだ。明るくて、一生懸命で、素直で、面倒見が良い、素敵な人だと思っている。
 でも、やっぱり私とリスティー隊長は違う。
 私は国とか民族に執着できない。どうでも良いのだ。私はエフィス共和国という国を憎み、復讐を誓っているだけ。
 早々と此処を立ち去ろうと思っている私に、リスティー隊長は尋ねた。
「エースちゃんは歴史が好きなの?」
「大好きです。私ずっと歴史の研究をしていました」
 私は即答した。すると、リスティー隊長は嬉しそうに笑った。
「シナギには、まだまだたくさん遺跡が残ってるわ。共和国に破壊されちゃったものもあるけどね。この城も、立派な歴史の遺産よ」
 まさか、と私は思い、周囲を見渡す。石造りの壁。石は劣化しにくい。
「私はあまり知らないけど、エルレリア時代に建築されたらしくて、ほら、ここに古代シナギ文字があるでしょ」
 そう言って、リスティー隊長は壁と床の境目を指差した。私はすぐにしゃがみ込んで、それを凝視した。
 壁の一番下に、小さく文字が刻まれている。古代シナギ文字だ。読める文字と読めない文字が混雑している所為で、解読はできないが、辞書があれば可能だろう。
「城中の壁にあるわ。歴史が記されているらしいの。この城は、エフィス侵略後に見付かった城だから、まだ何が書いてあるのか調べたことのある人はいないのよ」
 私は、体が熱くなるのを感じた。
 確か、古代シナギ語事典は、大学院から持ち出しているはずだ。部屋にある。
 今のシナギがある地域は、古くから文明が栄えていた。今は、広大な草原地帯となっているが、昔は深い森林だったのだ。シナギの広大な大地には、多くの歴史的建造物が残されている。
「綺麗だから、造られたのはつい最近だと思ってました。まさか、千三百年の歴史があるとは……」
 それにしても、エルレリア時代の歴史的建造物を未だに城として使っているなど、私は思いもよらなかった。エフィスに関する文献は少ない。しかし、よくよく考えてみると、エフィスはシナギ城を攻略したが、シナギの広大な大地の全貌を知っているわけではない。私だってここに来るのに、伝手があったから来れたのだ。
 シナギの広大な大地には、私の知らない数多くの遺跡が残されている。私は何かが動いた気がした。面白い。興味深いなんていう次元ではない。寒気がする。心地良い寒気。私の中で何が騒いでいるのだ。
「ええ。でも、まだ謎が多くて……あっ、この城には図書室もあるのよ」
 知っているかしら、とリスティー隊長は微笑んだ。
「城に図書館ですか?」
 私の頭の中に、多くの古書が浮かぶ。
 エフィスは多くの本を焚書にした。歴史学院は最後まで反対したが、議会は、「良くない」昔を振り返る必要はない、という考えの元、それを決行したのだ。
 それには、歴史学院の者たち全員で、怒ったのを私は今でも覚えている。
「地下の奥深くに、エフィスの焚書を逃れた素晴らしい本がたくさんあるのよ」
 リスティー隊長のその言葉で、私は決心した。
 軍主はいけ好かない。でも、私は、シナギの歴史的遺産、そして、古書を守りたい。共和国を叩き潰したい。シナギの歴史は私が紐解く。
 首を洗って待っていろ。走り出した私は、誰にも止められない。
 私はにやりと笑った。



 最初に訪れた部屋は、あまり使われていないらしく、埃を被ったベッドと机が一つずつ置いてあるだけだった。
 その部屋の主は、シャラム・エレシュキガル。第二部隊長。第二部隊は、酒場で仕入れた私の情報が正しければ、遠征の多い部隊のはずだ。
「エース・アラストル。色々と宜しくお願いします」
 リスティー隊長が、成り行きを説明した後、私は自己紹介をした。すると、その背の高い男、エレシュキガル隊長は、無表情のまま、まじまじと私を見てから、リスティー隊長に尋ねた。
「こいつはどこの出身なんだ?」
 リスティー隊長は戸惑う。
 まさか、軍公以上に生意気な奴が居たとは、と思い、私は溜息を吐く。
「私のこと訊くなら、是非私に訊いて欲しいんですけど。ここにいる意味ないじゃないですか」
 そう言うと、エレシュキガル隊長は、目を細めた。少しばかり鋭い眼光。だが、何も言わない。
 それがまた、私を苛立たせた。
「私だって分かりませんよ。自分がどの民族の血を引いているかなんて、どうでも良い」
 ちょっと、と言いながら、どちらを止めるべきか戸惑っているリスティー隊長を一瞥し、私はそう言い放った。
 鳶色。猛禽類の色だ。その色が、リスティー隊長と同じ色には思えない。
 別に嫌いじゃないんだけどね。発言は気に触るが、こいつの目は戦士の目をしている。頭も悪くないだろう。
 銀髪の私を疑うのは、当然のこと。むしろ、今まで私を(多分)信用してきてくれた、兵士たちの方がおかしいのだ。
 でも、私はここではっきりとさせなければいけない。
「ただ、一つ言っておきましょう。私は共和国を潰します」
 エレシュキガル隊長は無表情のままだった。しかし、すぐにリスティー隊長に向き直って言った。
「軍公に会ってくる」
 私は、直接訊くつもりなのだろうな、と思いながら、ぶっきらぼうに自室を後にするエレシュキガル隊長を見送った。
「リスティー隊長、次をお願いします」
 呆気にとられているリスティー隊長に、私は明るくそう言った。
 エレシュキガル隊長。別に理解して欲しいわけではない。こうなったら、私の実力を見せ付けるまでだ。私は我に返り、慌てて頷くリスティー隊長な笑ってみせた。

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