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何故、軍公の部屋に向かう時は、早足で、口を真一文字に結んで行かなければならないのだろう。
理由は紛れもなく軍公の人柄。冷静で思慮深いくせに、突拍子もないことを平気でやってしまうのだ。
重い扉を勢い良く開けて、中へ入る。すると、軍公は驚きもせず、俺の方を見た。
「おい軍公、どういうことだ。お前が遠征に参加するなど……」
あり得ないのだ。今は国王がいない。軍公はシナギ一の権力者。最終決戦に近いならば分かるが、すぐに独立戦争が終結するとは到底思えない。
軍公は俺の質問を見越していたようだった。薄らと笑いながら、さらりと答えた。
「不満が出てるんだよ。あんな小娘の剣の相手してる暇があったら、戦場に出ろ、ってね」
その顔は嘲笑うかのような笑顔だった。
上に立つ者に、謙遜は要らない。シナギ一の剣士という名を勝ち取った青年。少なくとも、あの少女に骨抜きにされるようなことはあり得ないだろう。しかし、彼は多くの兵士の上に立つ者だ。彼の行動一つ一つを、下で支える者たちは見ている。
「レイヤを城に残す。問題はないだろう」
レイヤ・アセチルム第一部隊長。確かに彼がいれば城は安泰である。
「それと、彼女も連れて行くよ」
当然だけど、とでも言う風に、さらりと軍主は言った。
「エース・アラストルをか?」
俺はすぐに聞き返す。
「当たり前。城に残るのは、ティーラとレイヤだけだ。何が起こるか分からないだろ」
確かに、と俺は納得してしまった。
ティーラはエース・アラストルが大好きだし、レイヤも彼女を気に入っているのだ。そんな二人が、もし、エース・アラストルが不審な行動をしたときに、止められるのかは聊か疑問だ。女が少ない軍で、ティーラが彼女を可愛がるのも、レイヤの、長年培ってきた人を見る力も分かる。それでも、嫌な気持ちはするのだ。
俺は、二人の行動や感情までも、疎ましく思っているのだろう。
「最近、剣で向かい合うのも悪くないって思い始めてる」
仕事に戻ろうとする俺の背中に、軍公はそう言った。俺は驚き、振り返ってすぐに聞き返す。
あれだけ文句を言っていたのに。
「彼女はその時の気分や考えていることが剣に出る。何か起こそうとしているのならば、すぐに分かる」
刀は性格が出るんだ、と言いながら、軍公はさりげなく愛刀を取った。
漆黒の大振りの刀。真理という名らしい。名刀だということは言うまでもない。亡きシナギ王から受け継いだ物なのだ。
「久しぶりの戦場だ。腕が鈍ってないか心配だね」
軍公の不敵な笑みの広がった横顔。
その言葉が意味することは一つである。
「毎日鍛錬を欠かさないくせに、よく言う」
部屋に急いで剣を取りに行く必要がありそうだ。
俺はにやりと口元をゆがめた。
第二部隊は、極めて戦闘能力の高い者が集まった精鋭だと聞く。その隊長だから強いのは当たり前だ。
しかし、頭で考えるのと、直接見るのではやはり違う。
相手も相手だ。軍公。この国一番の剣士。毎朝、剣を交えていて分かるのだ。軍公は本気じゃない。本気じゃなくても、流れは綺麗で、決して体勢を崩さない。
そんな二人が、真剣に剣を交えているのだ。戦場を髣髴とさせる何かが、広大な草原の中を流れていた。
私は、刀を背負って、いつものように素振りをしようと、草原に出てきた。しかし、先客がいたのだ。
大振りの刀と大剣がぶつかっている。軍公であるセーレ・アザトスと、シャラム・エレシュキガル第二部隊長だ。
風は強い。迫力は並大抵のものではない。遠くから見ていても、身震いしたくなるほどのものだ。それは、二人が使っている物が大振りの刃物だから、そんな理由ではないだろう。
そして驚くべきことは、第二部隊長が、防御しかできていないのだ。軍公が一方的に斬りにかかっている。速いのだ。大剣で、否、刀でも追いつける速さではない。さらに、体勢の崩れた瞬間に、強い斬りを繰り出す。
しかし、エレシュキガル隊長も堅い。防御の中から隙を窺っている。
剣に性格は出る。私はしみじみと思った。
しかし、勝負はすぐについた。エレシュキガル隊長が軍公に何かを言ってから、私を見た。絶対私のことを喋ってる。何かあるのだろう。
僅かに期待をしながら、ゆっくりとこちらに歩いてる二人を見た。事務連絡だろう。
「明後日からの遠征。参加が決まったよ」
最初に口を開いたのは軍公だった。こいつが口を開くたびに気に障るのは何故だろうか。やはり人間性か。
どちらにしろ悪い話ではない。私はにやりと笑う。
すると、エレシュキガル隊長が言う。
「足だけは引っ張るなよ」
「ご期待を超えるように頑張ります」
即答。期待どころか疎まれてる。そのぐらい分かる。期待はされてないようならば、見せつけてやろう。私の剣の腕はまだまだかもしれない。ただ、私は何度も戦場に出てきた。あの生と死の狭間で生き残ってきた。
戦場では、男も女も、上手いも下手もない。今までの努力で、自分の生死が決まる。信じるものは自分のみ。
私の言葉に、二人は薄らと嘲笑した。
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