シナギ城から徒歩で数週間掛かるところに、シナギ自治政府が支配する小さな町がある。
 シナギ自治政府とは、名前だけの自治政府で、責任者も幹部も皆、エフィスの人間だ。シナギ解放軍が戦っているのは、この自治政府である。
 女性がほとんどいないシナギ軍と、数週間行動を共にすることは、はっきり言って大変だ。たとえ、見上げる空が綺麗でも、いくら剣の修行し放題でも、それは変わらない。
 しかし、兵士には知り合いが多いためか、道中は明るい。
「お前はギャンブルが強いからな」
「強運。いや、私は豪運だからね」
 隣を歩くお兄さんに、にやりと笑い返す。
 そうすると、前を歩いていたおじさんが、振り返って悪戯っぽく笑いながら言った。
「どうせ、イカサマしてるだろ」
「まさか……ギャンブラーですから」
 兵士の中を、私は歩く。げらげらと豪快に笑う兵士たちと一緒に笑う。
「エース・アラストル。私語は慎め」
 突然、聞こえてきた低い声。すぐ前を歩く、エレシュキガル隊長が、眉間に皺を寄せ、振り返ったのだ。
「分かりましたけど、何で私だけ?」
「お前が一番騒がしい」
 騒いでいたのは他の兵士も同じだ。
「お前が一番邪魔だ、と間違いじゃないですか?」
 エレシュキガル隊長が、私を同行させることに消極的であったことは、既に分かっている。
 エレシュキガル隊長は、口元を吊り上げた。
「大馬鹿ではないということだな」
「知識人ですからね」
 エレシュキガル隊長に、大馬鹿といわれるほど私は馬鹿じゃない。私の天職は歴史学者だ。
「刀を持った知識人? ふざけるのも……」
「どこが悪いんですか。文武両道。それこそ……」
 とうとうエレシュキガル隊長は、声を荒らげた。私も負けじと声を強くする。
 しかし、双方とも最後まで言い終わることはできなかった。
「シャラム、黙れ」
 セーレ・アザトス。軍公だ。
 振り返った時に見えた鳶色の双眸は、酷く冷たい。声は決して低くも大きくもない。ただ、その声には迫力があった。
「無駄な殺傷をしないと言えども、人を殺しにいくんだ。お前まで騒ぎ立ててどうする」
 辺りは重い静寂に包まれた。 エレシュキガル隊長は、キッと私を睨みつけると、さっさと前を向き、早足で歩き出してしまった。



 何故か私の中で煮え切らない気持ちがあった。むしゃくしゃする。
「流石セーレ殿は違うなぁ」
 暫く重い沈黙が続いたがすぐに感嘆の声が上がる。
 その中で、黙り込んでいる私に、隣の兵士が怪訝そうに見た。
 私は、エレシュキガル隊長に聞こえないぐらい小さな声で言う。
「何か美味しいところとられた感じで悔しいんだけど」
 それが兵士たちの笑いを誘ったのは言うまでもない。軍公もエレシュキガル隊長も、振り返りはしなかった。



 何故か異様に苛々する。
 軍公の言っていることは正しい。だが、何かが引っ掛かっている。
「どうした、シャラム。機嫌が悪いようだね」
「何かお前に良いところを取られた気がして」
 俺がそう言うと、軍公は爽やかに笑った。

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