解放軍は、それほど兵力があるわけではない。それが逆に強みになっている。シナギは広大な草原を持つ国だ。いつ、どこから軍が攻めて来るのかが分からない。
 それに、兵力がない、と言ってもそれはあくまでも、いつもいる兵士であり、現地に住んでおり、その時だけ戦いに参加する者は含まれない。併合時の大虐殺を経験したシナギの民の団結力は異常だ。
 それを馬鹿にする気はない。ただ、肌の色、髪の色、生まれた地、育った地によって生まれる団結力が、私には理解できない。それはエフィス人ではないからなのだろうか。
 私には、祖国はある。生まれ、育った国。愛着が全くないわけではない。両親は共和国に住んでいる。多分、エフィスという地が好きなんだと思う。エフィスの人々は、お節介で世話好きな人が多い。困っている人は必ず助けようとする。そんな人たのことが好きなのかもしれない。
 両親と違って、私はエフィスが好きなわけではない。だけど、私はエフィスが嫌いなわけではない。ただ、共和国のやり方が気に入らないだけ。許せないだけ。
「兵士は他にたくさんいましたよね」
 そんなことを考えながら、政府の建物の近くの薄暗い小屋で、私は隣の男にそう言う。
「そうだな」
 隣の男は珍しく静かだ。
 大剣を抱え、壁に凭れ掛かり、何かに耳を傾けているかのようである。
「では、何故、エレシュキガル隊長と、私の二人だけ先発なのでしょうか」
「軍公に聞きやがれ」
 声を荒らげるエレシュキガル隊長に、静かに、と私は鋭く注意した。見つかっては元も子もない。
 シナギ解放軍は、正式な軍隊ではない。故に、隊長だろうが副隊長だろうが、容赦なく最前線に派遣される。むしろ、そういう者たちこそ、戦い慣れているため、最も危険な任務に就く。しかし、よりによって、エレシュキガル隊長の相方に、私が選ばれた。軍公は正しい。大剣使いのエレシュキガル隊長と、刀を使う私。バランスは良い。バランスは良いのだが。
 しかし、一隊長を先発にするのも、大きなリスクが伴う。そのリストを小さくできる人物。いざという時にエレシュキガル隊長が、すぐに逃げられる人物。それは、余所者であり、隊長に嫌われている私だけだろう。
 最初からこの気でいた。戦争に参加をするということは、こういうことなのだ。憂いの気持ちは無い。利害は一致している。
「一致するのは利害だけですね」
「全くだ」
 先発という役目。それは、私の要求を満たすのに相応しい。
 エレシュキガル隊長は吐き捨てるように言っていた。相当私が信用できないのだろう。当たり前だ。私は祖国を裏切った人間だ。彼には、祖国を敵に回すということは、理解できない、悪なのだろう。
「そろそろか」
「そうですね。行きますか」
 薄暗い中、立ち上がる。エレシュキガル隊長がゆっくりと扉を開けた。そこに広がるのは、一面の夜。
 月牙のカチャリという、冷たい金属音が微かに聞こえる。
 政府の役場を襲う。解放軍の先発兵だとは思っていないようで、警備の者たちが襲い掛かってきた。役場の広場で、戦いは繰り広げられる。
 警備の者だ。其れ程強くは無い。
 私は、剣で首元を掬うように斬り、噴出す血を頭から浴びる。それなりに強かったが、まだまだだ。技術云々以前に、自身が刃物に負けている。
 それほど強くなさそうな者は、エレシュキガル隊長が大剣で一気に片付けた。それを避けた者を私が片付ける。お互い背を合わせ、離れないようにしながら、剣を振るう。
 暫くすると、警備の者はいなくなった。ただ、松明が門の向こうから近付いて来る。漸く軍が着いたようである。当然、それは共和国軍。
「ここからが勝負ですね」
「当然だ」
 私たちの役目は、警備の者の始末ではない。
 役場には裏口がある。そちらには、それほど人を配置していないはずだ。役場を荒らすだけ荒らして、軍を誘き寄せ、逃げる。その間に、軍公たちが攻め入る。
 この軍には、軍師はいない。いるのは、軍公だけ。
 エレシュキガル隊長と私は、聳え立つ石造りの役場に入っていく。扉に刻まれているのは、エフィスの法の神、アラゾール。
 光に向かって走る。扉の先には、大きなロビーがあった。炎で照らされたロビーは明るい。そこを走り抜け、剣をちらつかせて役場職員を威圧しながら、広い階段を駆け上がる。
 目指すはこの役場の責任者の部屋。既に軍が門の中に入ってきているのか、地響きがする。私はエレシュキガル隊長について、最上階まで駆け上がる。
 立派な装飾の扉を勢いよく開ける。そこには、大きな椅子に座った男が一人、そして上等な軍服に身を包んだ若い男が一人いた。
 男の顔には見覚えがあった。男も口を開けて、私を見ていた。
「エース、お前は……」
 運が良いといっても良いのだろうか。しかし、悪くは無いだろう。ついにやってしまった、という気はするが、覚悟はしていた。
「ランス・セレシアン師団長。名前を覚えて頂いていたとは光栄です」
 私は、エフィス共和国第一師団長に向かって、にやりと笑った。

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