私は決まった友人をあまり作らない方だが、ティーラと仲良くなってからは、ティーラの友人だという女の人とも仲良くなった。見た目が幼い感じのティーラ(性格的にも)とは違い、落ち着いていて穏やかな大人の女性だ。ティーラよりも三つ年上だが、私とティーラの年の差が四つであることを考えると、年齢はあまり関係無いのだろう。
 女性の名前は、サラというらしい。
「サラはどこの所属?」
 サラは隣でスープを飲んでいる。
「第二部隊で長刀使いをやっています」
「へぇー、強いんだ」
 エレシュキガル隊長率いる第二部隊。シナギ解放軍最大の戦力を誇る部隊。
 私はサラの腕を見た。筋肉質である。
「エースの方が強いと思いますよ」
 サラは困ったかのように優しく笑う。
「でも、サラって岩とか持ち上げられそうだよね」
 サラが長刀を振り回している姿を思い、何だか面白くなってので、にやりと笑ってからかってやる。
「エースさんっ」
 サラは怒ったような呆れたような素直な反応を返してきた。期待通りである。面白い。
 そんなことありません、と必死に言い続けるサラが可愛くて、声を上げて笑っていると、ティーラが呆れたように言った。
「エースちゃん、サラを困らせないでね。シャラムが本気で斬りかかって来るわよ」
 そこで漸く私は全てを理解した。
「いや、そんなこと無いですから」
 慌てた様子で困ったように目を泳がせるサラに、思わずにやりと笑う。
「へー、なるほど」
 私は、ニヤニヤ笑いながら、上層部のいるテーブルに目を向けた。
「通りで、エレシュキガル隊長に睨まれるわけだ」
 現在進行形でそれだ。こちらに目を向けているエレシュキガル隊長。見ているとは言い難い。彼は私を睨んでいる。
「すみません。悪い人じゃないんです」
「悪い人だとは思ってないよ」
 エレシュキガル隊長にとって、私は有害らしい。それに対して腹が立つ。どう考えても、隊長の横で笑っている軍公殿の方が有害だ。


価値無き者
塞げぬ傷跡



 軍公は、ぼんやりとした様子で、固いパンを齧っていた。朝から刀を交えているのだから、眠いはずは無い。つまり、暇で仕方が無いのだ。戦争中と雖も、いつもピリピリしていては体が持たない。
 しかし、俺の注意は、そんなところには向いていなかった。
「シャラム、顔が怖いよ」
 そんな軍公は、俺に顔を向けるなり、そう言った。
「思っても無いことを言うな」
「シャラム、一般人は、君の顔が怖いと感じると思うよ」
 何て奴だ。爽やかな笑顔が腹立たしい。俺は、軽く殺意を覚えながらも、何も言わずにスープを流し込む。
 サラとエース・アラストルが喋っている。何だか楽しそうだ。異様に腹立たしい。今すぐにでも邪魔したい。後で、エース・アラストルと話さないように言おうかと思ったが、この調子では無理そうだ。
 じっと見ていると、サラが顔を赤くしてエース・アラストルに何かを言っていた。俺は目を細めた。
「そんなに嫌だったら、邪魔すれば良いのに」
 俺は、軍公を睨みつけた。
「お前は、女三人で喋っているところを割り込めるのか?」
 そう言い放ってやると、軍公は黙って立ち上がった。それとほとんど同時に、騒いでいた兵士たちが食堂から出て行ったため、急に静かになった。
 俺は、自分の言ったことを心底後悔した。ティーラと軍公は幼馴染。軍公とエース・アラストルは仲が良いわけではないが、(エース・アラストルの所為で)毎日一回は言葉を交わしている。
「ティーラ、弓の調子が悪いって言ってたけど、大丈夫?」
 静かになった所為で、軍公の声はここまで聞こえる。
「大丈夫よ」
 ティーラが明るくそう言って、笑いかける。
「あんたからこっちに来るなんて珍しいね」
 エース・アラストルは、いつもの人の悪い笑みを浮かべ、そう言った。
「軍公、遺跡はどうだんですか?」
 サラも話に入っていく。
「まぁ、悪くは無かったね」
 軍公は、愛想の良さそうな笑顔を浮かべ、さらりと言った。しかし、一瞬だけこちらに顔を向けた。その顔に浮かぶのは、勝ち誇ったような笑み。
「あいつは……」
 俺は立ち上がった。どいつもこいつも嫌な奴ばかりだ。
 俺は、黙って軍公たちのところへ歩いていく。それに気付いたのか、皆、俺の方を見た。
「おい、お前ら」
 俺がそう言った瞬間、軍公、ティーラ、エース・アラストルが笑いの渦に嵌った。因みに、エース・アラストルが一番酷い。机を叩きながら笑っている。
「おい、エース・アラストル、ついでに軍公。剣抜くぞ」
 俺は何だか泣きたい気持ちになった。


 何故、軍公は兎も角、私が責められるのか不条理に思いながらも、これ以上何か言うと、エレシュキガル隊長が可哀想なので、私は何も言わなかった。因みに、隊長とサラは、軍公とティーラと共に、存分にからかわせて頂いた。満足である。
 五人でわいわい喋っていると、食堂の扉がゆっくりと開いた。いつの間にか私たちしかいなくなっていた食堂を、申し訳なさげに覗く少年。
 しかし、少年はすぐに小走りでやってきた、サラのところへ。そして言った。
「お母さん」
 その少年は、褐色の肌をしていた。しかし、鳶色の髪をしていなかった。エフィス人と同じ赤毛の少年だった。
「ラスト?」
 ラスト・アエシュマ。私のよく知る少年だった。

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