Cool Fire I

Knight


 アンさんは部屋まで私を送ってくれた。妖界城には窓がない。ソーラー時計があって良かった、と思いながら時間を見ると、午後六時だった。
 夕御飯はどうするのかな、と考えながらベッドに横になる。(因みに、私の家の夕御飯は毎日六時である)
 今日は色々あった(ありすぎた)ので、疲れてしまった。大体、血塗れの人間を見せられ、とってもファンタジーな世界を体験するなど、誰が考えるだろうか。
 日本と時差がないといい、などと考える。可能性は極めて低い。大体、異世界のというものが、どこにあるのかさえ分かっていない今、一日が二十四時間なのかさえ疑わしい。
「アズサ、妖界王が夕食って」
 私は飛び上がりそうになった。行き成り、アンさんはベッドの隣に現れたのだ。
「アンさん、お願いですから扉から入って下さい。びっくりしますから」
「別に、アズサに指示される筋合いはない」
 御尤もです、アンさん。私は貴女のお手伝いですからね。
「アズサ、妖界王には気をつけてね」
 むしろ、気をつけないといけないのは、妖界王よりアンさんじゃないのか、と思ったが、口には出さない。
「さっき余計なこと考えたでしょ、暗黒球喰らいたいの?」
 何で分かったのか。私はそんなに顔に出るのか。その前に、暗黒球なんて格好良い名前のものを喰らったら、私の命はない気がします。
「いえ、滅相もございません」
 アンさんが黙って扉を開けたので、私は小走りで着いて行った。アンさんは玉座の方へ向かい、重い扉を開ける。
 真紅のカーペットの上には、漆黒の大きなテーブルと、椅子が三つ、そして、湯気のたった料理が載った大皿が幾つかあった。
「連れてきた」
 アンさんは、椅子のひとつに座る妖界王を一瞥すると、何も言われていないのに関わらず、妖界王から離れた方へ座った。
「遠慮せずに座れ」
 扉の前で突っ立っていた私を、妖界王は笑顔で手招きする。私は一礼すると。最後の一つの席に着いた。アンさんの隣で、妖界王の前である。極めて微妙な席だ。目の前にあるジャーマンポテトのようなものや、胡桃パンに見えるものは非常に美味しそうだが、この状況はとても不味い。
「初めてだぞ。今まで、お前と同じようにアンの元へ行った者がいたが、数分以上生きられて者はいなかったからな」
 軽く言う妖界王。私は黙ってアンさんを横目で見た。アンさんは、食事に手をつけず、ワインだと思われるものの色を窺っている。
 アンさんは、優しいけど、広い心を持っているとは思えなかった。というか、アンさんは馬鹿な者が嫌いなのだ。私も馬鹿だけど、ぎりぎりアンさんの許せる範囲だったのかもしれない。
 しかし、アンさんは今日一人も兵士を殺さなかった……と思う。殺意のないものを殺しておいて、殺意のあるものを殺さないはずがない。
「アンさん、ありがとう」
 考えられる理由は一つ。平和な世界から連れて来られた、私に人の死を見せるのは、気の毒だと思ってくれたらしい。
「冷静で、それなりに賢そうだったから、まさかとは思ったが」
 妖界王は声をあげて笑う。その瞬間、私の中の妖界王の項目に、「恐ろしくマイペース」が加わる。大体、席に座ってから、妖界王に誰も話しかけていない。どう考えても、心地よくない空気が流れているのだ。(主な発生源は勿論、私の隣で、私のワインの色を窺っているアンさんである)
「アン、地位がないと面倒だと思わないか?」
 妖界王は、アンさんに尋ねたが、アンさんは相変わらず、私のワインの色を窺っており、妖界王の方へ目もくれない。
「陛下、お尋ねしたいことがあるのですが、宜しいでしょうか?」
 妖界王は、にやりと笑い、私の方を見て頷いた。
 私は、先ほどからの会話で、私はアンさんの地位が分かった気がしたのだ。
「アンさんは、この世界の王女様ですよね」
 横目でアンさんの様子を伺うと、並んでいる料理を、目を凝らして見ている。
 つまり、アンさんと妖界王は親子なのだ。アンさんに妖界王の面影が全くないところを見ると、アンさんは母親似の様だが。
 どちらにしろ、この嫌われ具合はどうかと思う。反抗期なのだろうか。アンさんの顔には、話しかけるな、と赤字で大きく書いてある。
 しかし、妖界王も妖界王である。仮にも娘の食事に、混ぜ物をするのはどうかと思う。(先ほどからのアンさんの様子から、このことは容易に想像できた)
「流石だ。食事にも手をつけないところも賢明な判断だ。まぁ、手をつけようなどしたらアンが止めただろうが」
 やはり、というように私は笑うことにした。
「アン、どうかね。彼女をお前の騎士にするのは」
「構わない」
 アンさんは、妖界王を一瞥すると、そう呟いた。あまりの展開の速さと事の意外さに、私は驚きながらもアンさんに言う。
「アンさん、私は戦えませんよ」
「別に、アズサには期待してない」
 では、何をするんですか、ということばが喉から出そうになった。そう、妖界王は最初に、地位がないと面倒だ、と言った。妖界の言う世界の王女様だ。近くにいるにはそれなりの身分が必要なのだろう。
 急に黙り込んだ私を見て、妖界王は再び笑う。
「お前は、本当に吸収が早い。それに、動揺知らずだ。仮にもアンは妖界の姫だろう」
「今さら、呼び方を変えるのもどうかと思いますし、第一私はこの妖界の民ではありませんから」
 大体、アンさんはお姫様らしくない。アンさんはお姫様というよりも、軍人だ。
 私が、妖界の民なら話は別だが、私はアンさんの民ではない。姫様、と呼んで敬う義務はないのだ。私はアンさんのお手伝いである。お手伝いは、アンさんのためにいるのであって、妖界のためではない。それ以前に、アンさんは姫様、って呼ばれるのは嫌だろう。(その言葉は、アンさんと妖界王の親子関係を表すのだから)
「そうだな、最もだ。本当にお前は面白い」
 妖界王は笑ってばかりだ。余程妖界の人が阿呆なのだろうか。変人ばかりというのは、確かなようだが。よく考えてみれば、アンさんのいる前で、攻撃を仕掛けようとすることは、阿呆以外の何者でもないだろう。特に見回りのときなど、アンさんも戦闘準備ができているだろうに。
「騎士の称号はどうする」
「イースタン・クール・ウィザード」
 アンさんが即答した。東の冷たき魔法使いって、格好良いけど、私が使うとしたら、かなり微妙なものだ。
「私、魔法使えませんよ。東の、っていうところは合ってますけど。日本人ですから」
「ウィザードはウィズから来ているのだろう。だから、ウィッチではないんだな。あと、クールはお前の異名、クール・ファイヤーからだな」
 クール・ファイヤー……冷たき炎とは、よくできた異名だと、私は感心してしまった。アンさんの髪は炎みたいだし、アンさんにはクール・ファイヤーっていう単語が似合う。
 何故、二人が英語を喋っているのかは軽く流すことにした。きっと、また、マジックパワーなのだろう。
 そりより、賢いなんて、私には勿体無いものだ。いくら、妖界の(アンさんと妖界王を除く)人たちが、阿呆だからって。
「アズサ、外に夕食を食べにいく」
 がたりとアンさんが立ち上がる。妖界王は笑っている。私は、毒を混ぜたお前の所為だ、と心の中で悪態をつきながら、早速歩き出したアンさんに小走りで着いていった。
「陛下、私には勿体無き位をありがとうございました」
「気にすることではない」
 重い扉を手で支えながら、私は妖界王に一礼した。挨拶は大切なのだ。例え、娘の食事に毒を混ぜるような父親でも、人を苛立たせるほどのマイペースでも、アンさんの側近になることを、妖界王に認められたことは大きい。

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