Cool Fire I

Pawn


 私はアズサ。職業は妖界王女、アンさんの騎士らしい。でも、それは書類上のことである。大体、いつもアンさんに守られているのは私だ。
 では、私は何をしているのか。
 それは、暇潰しに城の兵士を攻撃したり、怪しげな薬を兵士の食事に混入したりしようとしているアンさんを止めること、というとても重要且つ難しい仕事である。
 私は、妖界王の召還の手違いで、世界から飛ばされてしまった。それまでは普通の学生だったのに。でも、妖界王は(デンジャラスだけど)親切だし、アンさんは(傍若無人だけど)多分良い人だから、凄く楽しい毎日を送っている。
 そんな私は、アンさんの部屋にいた。今から、私の住んでいた世界に仕事に行くらしい。
「アズサ、欲しいものは」
 アンさんは、私に尋ねた。
「チェスセットを一つと、水素ボンベとマッチをいくつか」
 私が言えば、アンさんは眉を顰めた。
「普通、世界人は、そんなものを欲しがるの?」
「いや、そんなことないです」
 アンさん、そんなことないって。チェスセットはともかく、普通の学生は、水素ボンベやマッチを欲しがることはない。
「アズサは、普通の世界人?」
「勿論です」
 即答した私を、アンさんは怪訝そうに見てくる。私のどこが変なんだ。
「この特殊な環境にいたら、誰でもこう言いますから」
「特殊? どこが?」
 アンさんは、怪訝そうに私を見た。本気で言っているのか。アンさんは、冗談を言うような人じゃないけど、この妖界城は、普通の状況だとは言い難い。
「命の危険を間近に感じることに決まっているじゃないですか」
 私が言うと、アンさんは、私の手を引っ張った。
「アンさん、どこに行くんですか?」
 視界が暗くなる中、私はアンさんに尋ねた。暗闇が消えて言ったかと思えば、目の前に、先日助けてくれた少年が立っていた。
 顔からは、僅かに驚きの表情が伺える。
「アルテミア・セイレーン、アズサを見ていて」
 アンさん、私を心配してくれているのには感謝します。ただ、その言い方、まるで私が子どものようじゃないですか。
 しかも、アルテミア君は黙って頷いた。アンさんは、軽く鼻で笑うと、すっという音を立てて消えた。
「ごめん、よろしく」
 大きく溜息を吐くアルテミア君に、私は言った。

 アルテミア君は、本棚から本を引っ張り出してきて、私に読ませてくれた。
 「魔法学」と書かれた本である。私は、アルテミア君に礼を言うと、すぐにその本を読み始めた。アルテミア君の選書は良かったようで、その本には魔法の属性、魔法の暴走など、数々の事例を織り交ぜて書かれていた。しかし、魔法、魔法の暴走などの原理などには、全く触れられていなかった。
「魔法の原理について書かれた本ってある?」
 三十分で読破した私は、紅茶を飲むアルテミア君に尋ねた。(勿論、アルテミア君は、既に私に紅茶を出してくれていた)
 アルテミア君は怪訝そうに私を見て、首を横に振る。
「まさか、原理がまだ解明されていないとか?」
 アルテミア君は頷く。私は拍子抜けしてしまった。
「この本を読んだだけだから、極めて信用性が薄いけどさ」
 そこまで言うと、アルテミア君は立ち上がり、アンティークな紙と、万年筆を持ってきてくれた。私は礼を言うと、万年筆を使って紙に文字を書いていく。

属性は、魔力によって自在に化学反応を引き起こすものと、魔力だけをエネルギーにするものの二種類がある。
それによって、属性も二種類に分けることが可能。

・魔力によって自在に化学反応を引き起こすもの(火・雷・土・風・水・氷)
・魔力で直接発動するもの(光・闇)

この理論で考えれば、魔法コントロール力が尽きて魔力が暴走するとき、百パーセント属性魔法が現れない。(実際、現れた事例はなし)

 私は、アルテミア君に紙を渡す。アルテミア君は、青い瞳を私に向けた。
「アズサ」
 慌てて後ろを振り向いたら、木箱を抱えたアンさんが立っていた。非常に失礼だが、とても滑稽だ。
「アンさん、ありがとうございます」
 私がパタパタと走って駆け寄れば、アンさんは木箱を下ろして開けた。
「水素ボンベは一ダース、マッチは三箱、チェスセットは一つ買ってきた」
 大きな木箱の中には、それらのものが並べられている。
「結構古風ですね?」
 水素ボンベは、明らかに今風のデザインではなかった。
「戦争で物資不足」
 私は驚いた。
「戦争って……」
「ドイツ・オーストリア・オスマントルコ・ブルガリアの中央同盟国と、イギリス・フランス・ロシアを中心とする連合国の戦争。アズサがいた時代のおよそ百年前。だから、あなたは世界だけじゃなくて、時空も越えてきたってこと」
 第一次世界大戦である。私は愕然とした。
「因みに今、四界は第二次四界対戦の真っ只中。妖界軍と天界軍が、魔界で衝突している」
 私は必死に妖界王の話を思い出す。私はあまり記憶力がよろしくない。英語の単語テストがそれを語っている。(英単語テスト追試常連です)
「世界は四つあって、それぞれ妖界、天界、魔界、世界って名前がついていて、ここが妖界」
 アンさんはさらりと言う。
「元々、世界があって、それから天界、魔界、妖界が分離した、ということですよね」
 言葉の問題である。
「アズサもそう思う?」
 アンさんは無表情だったが、少しの驚きが含まれていた。
「まさか、それもよく分かってないとか?」
「そんなこと考えるような頭脳の持ち主がいなかった」
 確かに、と納得してしまう自分がいる。妖界王は最初から論外なのだろう。あの人とアンが、語り合っているなど、有り得ないし、見たいとも思わない。
「そう、それとその理論。姿を変える、という魔法について、対応しきれてない」
「いつ読んだんですか?」
「アズサの知るべきことじゃない」
 確かに、アンさん、そうですけど、教えてくれたっていいじゃないですか。
 アンさんは、すたすたと小箱を持って部屋から出て行く。
「アルテミア君、ごめんね。今日はありがとう」
 私は、急いでアルテミア君に礼を言い、部屋を後にした。

 アンさんは、瞬間移動で私を部屋まで送ってくれた。
「水素ボンベ、何に使うの?」
「それはですね……アンさん、お願いです。この水素ボンベに入っている水素を一つにまとめて下さい」
 アンさんならば、可能だろう。やってくれるかどうかは別だが。
「質問の答え」
「これが私の武器です」
 アンさんは黙って水素ボンベの入った小箱の上に、手を翳した。

 私はごくりと唾を飲み込んだ。
 それから数日後、アンさんとアルテミア君は二人とも仕事に出た。自室の扉を叩く音。兵士達である。
 私は、水素ボンベを脇に挟み、マッチを持ってじろりと扉を睨んだ。
 妖界王が謀ったのだろう。今までに、アルテミア君とアンさんが同時に仕事が入るなんてことはなかった。
 アンさんが、王のことが嫌いな理由、分からなくもない、などと考えていると、扉が勢いよく開かれた。
 私は押し寄せてくる兵士を避け、外に出る。玉座の間まで、結構な距離がある。私は全力疾走すると、マッチに火をつけ地面に投げ、水素ボンベを吹きかけた。
 奇妙な爆発音とともに、火が燃え上がった。それを見た兵士は、恐怖の表情を浮かべて走り去る。
「水素の酸化。知らなかったら驚くに決まってるね」
 私は、本当に何もなくなった床に残されたマッチを拾った。火の消えたマッチの下に広がる床には、小さな焦げ目だけが残されていた。
 私はすたすたとその場を後にして、玉座の間へ向かった。

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