Cool Fire I

King


 私はアズサ。職業は妖界王女、アンさんの騎士らしい。でも、それは書類上のことである。大体、いつもアンさんに守られているのは私だ。
 では、私は何をしているのか。
 それは、暇潰しに城の兵士を攻撃したり、怪しげな薬を兵士の食事に混入したりしようとしているアンさんを止めること、というとても重要且つ難しい仕事である。
 私は、妖界王の召喚の手違いで、世界から飛ばされてしまった。それまでは普通の学生だったのに。でも、妖界王は(デンジャラスだけど)親切だし、アンさんは(傍若無人だけど)多分良い人だから、凄く楽しい毎日を送っている。
 そんな私は、妖界王の部屋にいた。
 妖界王は、兵士から逃げてきた私を、快く迎えてくれた。
「お前は面白い」
 私は全然楽しくないんですけどね、という口から出かかった言葉を、何とか呑み込む。
 妖界王はいつものように玉座に座っていた。
「そうですか」
 私はそう答えると、妖界王が勧める席に座った。次々とテーブルや椅子が出てくる。妖界王はそこに座る。
「お前は科学が好きなのか?」
「科学は好きです」
 そう、私は科学好きだ。科学の知識だけは高校生並みである。原理だけだが、物理と化学と生物と地学全て、『U』まで理解している。対数計算と、ベクトルが分からないのが辛いが。四科目『U』まで網羅していると言う点で、普通の高校生より知識があるかもしれない。
「『理系』なのか?」
 妖界王の『理系』という言葉に私は驚いた。日本には、文系理系がこの時代にはないはずである。
「恐らくそうでしょう。あの英語の成績で、文系は辛い……」
 そう、私の英語の成績は最悪だ。イディオムと慣用句が悲惨なのだ。
「そうか……ところで、ゲームでもしないか」
 軽い音を立てて出てきたのはチェス盤。魔法って奥が深い。どうしたら、こんな現象の証明ができるのか。
 その前に、妖界王はチェスを知っているのだろうか。
「私ですか?」
「この城に、私以外にチェスをできる脳の持ち主は、アンとアルテミアとお前しかいない」
 言いすぎですよ、と言いたいが、納得して頷いてしまう自分がいる。
 兵士さん、恨まないで……懲りずに私を追いかけてくるあなたたちが悪いんです。私の体育の成績じゃ、とてもとても耐えられません。
「先手をやろう」
 大きな駒だ。私は黙って、キングの前にある白のポーンを進めた。
 ゲームは順調だった。キャスリングをして守りを固めつつ、攻撃範囲を広げていった。
「チェックメイトだ」
 妖界王は言った。私は驚いて盤を確認した。
「ビショップが……」
 自分の攻撃範囲を広げる為に、ポーンを取ったのがいけなかったのだ。ポーンの向こうにいたのはビショップだった。そこから、ピンをかけられていたナイトを移動させた私は、そのままチェックをかけられてしまったということだ。実に初歩的なミスである。
「初心者にしては上手いだろう」
「初心者だったんですか?」
 満足げに笑う妖界王に、私は聞き返した。
「数十分前に、ルールを知ったばかりだよ」
 そう言って、妖界王は私に一枚の紙を見せる。小さなその紙には、駒の進め方と、キャスリング、そして昇格について書かれていた。
 要するに、最低限のルールしか書かれていないのである。私は、妖界王の人間離れした力に、驚きを通り越して呆れた。
「意外に面白いが、相手になる者が少ないと言うのが難点だ。アルテミアにも覚えさせようか」
「アルテミア君のことを気に入っているんですね」
 意外である。アルテミアは、確かに嫌う要素はないが、妖界王がここまで言うような人間なのだろうか。
「良い人材だ。昔は、アンと大富豪に付き合って貰った」
 私は、テーブルに座り、トランプを持って大富豪をやる三人を想像した。妙にリアルである。妖界王が、一人で喋っており、アンさんはできる限りの殺気を出していて、アルテミア君は溜息を吐いている、という光景が目に浮かぶ。そのとき、自分が妖界城にいたならば、必ずその中に入っていただろう。いなくて良かった、と私は心の底から思った。
「世界のゲームは四界一だ。妖界にも普及させたいが、あまり頭の良いやつがいないし、駒を持てる人型のものが少ない」  困ったな、と明るく笑う妖界王を、誰が困っていると思うだろうか。
「良いタイミングだ。アズサ、迎えが来たぞ」
 私が後ろを向けば、アンさんとアルテミア君が立っていた。
「アンさん、アルテミア君、お疲れ様です」
 一礼して席を立ち、パタパタと走って二人の元へ行く。アンさんは黙って扉を開けた。
「ありがとうございました」
 私は妖界王に一礼して、部屋から出た。


「何も食べなかった?」
 アンさんが、まず私に尋ねたことはそれだった。私は首を横に振る。
 とりあえずアンさんは、兵士よりも実の父親である妖界王を警戒しているらしい。そんな妖界王を、どうしても哀れだと思えないのは何故だろうか。
「昼食、食べに行くけど」
 アンさんは、今度はアルテミア君に言う。アルテミア君は頷いた。

 それから、アンさん、私、アルテミア君で食事をするようになった。

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