Cool Fire I
Queen
私はアズサ。職業は妖界王女、アンさんの騎士らしい。でも、それは書類上のことである。大体、いつもアンさんに守られているのは私だ。
では、私は何をしているのか。
それは、暇潰しに城の兵士を攻撃したり、怪しげな薬を兵士の食事に混入したりしようとしているアンさんを止めること、というとても重要且つ難しい仕事である。
私は、妖界王の召喚の手違いで、世界から飛ばされてしまった。それまでは普通の学生だったのに。でも、妖界王は(デンジャラスだけど)親切だし、アンさんは(傍若無人だけど)多分良い人だから、凄く楽しい毎日を送っている。
そんな私の目の前には、綺麗な黒髪の女の人がいた。
目が覚めて、ベッドから起き上がると、女性は笑った。
「人を探してる」
挨拶する間もなく女性は喋り始めた。私は目を擦る。
「誰ですか?」
ぼーっとした頭を回転させて尋ねると、女性は意味深に笑った。
「アスラ……否、あなた方が妖界王と呼ぶ人物」
玉座にいなくて、と女性は続けた。
「玉座側の隣にいる、アンさんに訊いて下さい」
私は即答した。私が妖界王の居場所を知るはずがない。大体、生態も分かっていないのだ。
「あの子はまだ家出をしてなかったのか」
「カードゲームに付き合ったりしているらしいですよ」
そう私が言えば、女性は笑った。
「親子仲は良いのか」
「私は良いとは思えませんね」
これも即答。アンさんの妖界王への視線は、冷たいを通り越して恐ろしい。
「アンには、姉がいた」
ぼそりと女性は呟く。
「お姉さんですか?」
「あぁ……でも、耐えられず逃げた」
アンさん、素晴らしいです。お姉さんが妖界王を見捨てても、アンさんは一応城にはいるんですね。
「起こして悪かった。私はアンのところへ行こう」
「あの、お名前は?」
私が尋ねると、女性は不気味に笑った。
「名前は、レイリアだ」
そう言い残して、女性は消えた。
朝食に、と迎えに来たアンさんの顔は、明らかに怖かった。隣にいるアルテミア君は、明後日の方向を向いている。
「アンさん、おはようございます」
私が、いつもより控えめに言うと、アンさんは僅かに眉根を寄せた。
「何かあったの?」
何かあったのは、アンさんの方である。まさか、ご自分で気づいていないのだろうか。
「アンさんこそ……陛下と何かあったんですか?」
アンさんがここまで機嫌が悪い理由は、十中八九妖界王関連である。
アンさんは少し驚いたようである。いや、普通に見たら分かりますからね。
「そのうち分かる。あの人が帰って来て、何も起こらなかった例がない」
「あの人って、レイリアさんですか?」
驚きの表情を浮かべたのは、アンさんだけではなかった。アルテミア君は、目を丸くしてこちらを見た。
「まさか、会った?」
「朝起きたら、部屋にいらっしゃいました」
今思うと、あまりにも唐突で、さらに非常識である。アンさんは、普段の無表情に戻る。
「アズサ、覚悟しておいた方が良い」
アンさんのその言葉の意味を私が理解するまで、もう少し時間が掛かった。
部屋に戻った私は、また別の人間を見つけた。
「おはようございます」
挨拶をすると、その人物は振り返った。灰色の目には驚きに似た表情が浮かぶ。
暗い赤毛の女性だ。
「何か御用ですか?」
私がそう問いかけると、女性は安堵の溜息を吐いた。
「忘れ物を取りに来たの……あっ、私の名前はサリー。悪いわね、突然あなたの部屋に入って」
「アンさんのお姉さんですか?」
私が尋ねると、サリーさんは目を丸くした。
「アンには言わないでね」
「分かってますよ」
私はにっこり笑った。サリーさんは、意外に普通の人のようである。(アンさんたちの所為で感覚が狂ってきたのもあるが)
「私は、アンさんの騎士で、イースタン・クール・ウィザードのアズサです」
お辞儀をすると、サリーさんは、アンの騎士、と聞き返す。
「別に、アンさんを守っているわけじゃなくて、いつも私が守られてるんですけど」
「アンが誰かを守る、なんて今までになかったわ」
あなた凄いわ、とサリーさんはにっこりと笑う。
「ありがとうございます」
サリーさんは凄く良い人だ、と私は思った。サリーさんは、探し物を見つけることができなかったが、笑顔で私の部屋から出て行った。
昼食前、私は妖界王に呼ばれた。今回は、アンさんがいるから安心である。(別に一人でも良いが、妖界王のマイペースには、私も着いて行けないことがある)
レイリアさん、妖界王に会えたかな、などと考えながら、私はアンさんに着いて行った。
アンさんが重い扉を開けた。
「待っていたぞ」
いつものように、妖界王は玉座に座っている。しかし、その隣には見慣れない金髪の女性がいた。
「数時間ぶり」
女性は言った。まさか、と私は女性を見る。
「レイリアさんですか?」
朝の姿と違う。
「何だ。既に会っていたのか」
妖界王は、興醒めしたかのように、レイリアさんに言う。
「でも、自己紹介はまだ。私はレイリア。妖界王妃。姿は一定してないから、少しばかり変わっていても気にするな」
知っていましたとも。アンさんとサリーさんがいる時点で、妖界王に奥さんがいることぐらい。でも、それを目で見ると、やとり何ともいえない感覚に陥る。
その前に、少しばかりって……身長も髪色も顔立ちも全て別人である。
「人は見た目ではないと言うだろう」
どうやらレイリアさんも人の心が読めるらしい。困ったことである。
使うところが微妙に違う気がするのは、私の気のせいだろうか。
「二つの名は、神秘の妃」
アンさんが付け足した。
「アスラ、彼女も組み入れる?」
「勿論」
「面白いことになりそうだ」
私とアンさんが出て行く寸前に行われた会話。もう、そのときには全てが決まっていたのだ。
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