Cool Fire II

One Pair


 私はアズサ。つい最近まで、普通の女子中学生だった。語学が苦手なのと、科学が好きなところ以外、特に変わったことはなかった。天体観測をするために、堤防の上まで行っていたら、家族に家出したと思われていたのは、この際置いておく。とりあえず、私は普通の中学生だったということだ。
 しかし、妖界という異世界の王様の気まぐれで召喚されたのが運の尽き、メルヘンのメの字も無い妖界の城で、暮らすことになってしまった。
 妖界城。この城では、殺されたら、殺された奴が悪い、という感覚であるということや、食べ物に毒はあたりまえのような入っていることや、王の遊びに強制的に参加させられることなど、様々なことに耐えなくてはいけない。殺伐すぎて、陰謀などが渦巻いていないことだけが、唯一の救いだ。
 そんな私はの職業は妖界王女、アンさんの騎士。でも、それは書類上のことである。大体、いつもアンさんに守られているのは私だ。
 では、私は何をしているのか。
 それは、暇潰しに城の兵士を攻撃したり、怪しげな薬を兵士の食事に混入したりしようとしているアンさんを止めること、というとても重要且つ難しい仕事である。
 私は、妖界王の召喚の手違いで、世界から飛ばされてしまった。それまでは普通の学生だったのに。でも、妖界王は(デンジャラスだけど)親切だし、アンさんは(傍若無人だけど)多分良い人だから、凄く楽しい毎日を送っている。
 そんな私は、アンさんが仕事に行ってしまったので、アルテミア君と一緒に留守番をしていた。アルテミア君の部屋でまったりと御茶を飲んでいる私は、アンさんにあることを注意されていた。
 それは、妖界王の騎士シンスに気をつけろ、というもの。私も、最初から本能的に近付いてはいけない人だと思っていたので、特に困ったことはないはずだった。
「魂精霊になったっていうけど、ほとんど生活は変わらないね」
 アルテミア君は、ゆっくりと頷く。
「副将軍って、戦争が無い時は何しているんですか?」
 そう尋ねると、アルテミア君は紙を取り出し、立てかけているペンを使い始めた。
「退任したんですか?」
 書かれている文字を読み、そう尋ねると、アルテミア君は頷き、再びペンを走らせる。
 アルテミア君の字は綺麗だ。私なんかと比べ物にならないくらい綺麗だ。字が綺麗なところは、私の国語における唯一の美点だったのに、と思う。
「魂精霊になったから……ですか」
 魂精霊についての文献を読んでみる必要がある。自分が何者であるかを知らないのは、なんだか間抜けだ。そんなことを考えていた時だった。
「陛下を知りませんか?」
 静かに扉が開く。私は、開いた扉の向こうに立っている男を凝視した。アルテミア君は、不審を露わにしたような目で見ている。
「何故、ここにいらっしゃるのですか?」
 私が尋ねた時、アルテミア君が目を見開いた。
 人間とは思えない速さで、私の手を引く。私はいきなりの行動に、椅子をひっくり返しながら、床に滑り降りる。その次の瞬間、私が座っていた椅子に、大きな尖った氷柱が勢い良く突き出した。
 アルテミア君が手を引いてくれなければ、私は死んでいただろう。
 アルテミア君は、私を引き摺り、シンスさんから遠ざかると、舌打ちをした。再び氷柱が床から飛び出す。しかし、アルテミア君は逃げるだけで、反撃をしようとしない。
 私は気付いた。アルテミア君が使うのは、水魔法。そして、シンスさんは、自己紹介の時、「氷原の翼」であると言っていた。氷原の翼というぐらいなんだから、氷魔法を得意とするのだろう。
 水魔法は、周囲にある水を一か所に集中させ、操るものだ。氷魔法は、一か所に集中させた水を瞬時に氷に変える。つまり、アルテミア君が水魔法で集めた水を、シンスさんが氷魔法で氷にしてしまうことができるし、そうなれば、シンスさんが楽に魔法を使えることになるだけである。
 妖界人ならば、引くべき所で引かなくてはいけない。自分よりもはるかに強い敵が来れば、逃げるのが一番。
 しかし、部屋の出入口あたりまで走っていくと、首根っこを掴まれた。眼を見開いたアルテミア君が見えたかと思うと、その後姿が遠ざかっていく。アルテミア君は逃げることができたのだが、私は捕まってしまったようだ。地面に押し付けられて、首元をぐいぐいと踏まれる。痛いし苦しい。痛めつけてから殺す気なのだろう。
「何故、この妖界がこれ程までに美しいか分かります?」
 何故殺されなければいけないのか。私は何もしていないじゃないか、などということを叫んでも、それはお前が弱いからだ、で全てが片付く。それが妖界。
 私は、不気味な笑顔を浮かべた。同時に、何故だか腹立たしくなってきた。初めて会った時、目を逸らしていたせいで、見えていなかったことが見えてくる。
「それは弱い者が強い者に殺されるからですよ」
 分かっていますけどね。シンスさん、あなたに殺されるのは癪なんですよ。何故でしょうか。
「大体、あなた、見ているだけでも腹立たしいというか、生理的に受け付けられません」
 奇遇ですね。私もあなたを生理的に受け付けられません。
 気持ち悪いんですよ。あなたの顔は美しいです。ですが、酷く気持ち悪いのです。人間染みた顔をしていないという点では、レイリアさんも同じですが、レイリアさんについては、そんなことを思わなかった。でも、あなたの顔も声も、酷く違和感を覚えるし、それが本当に気持ち悪い。
 アルテミア君の緑色の肌、アンさんの紅色の髪。どれも、世界人の持つ色ではないけれども、シンスの金髪と白い肌のように気持ち悪いとは感じなかった。
 それにしても、苦しい。死にそうだ。絶対死ぬのだろう。もう、意識が朦朧と……でも、どうせ死ぬのだったら、最後の力を振り絞って叫んでやろう。
「それはこっちの台詞だっ。気持ち悪いし、生理的に受け付けない。顔見せるな、気持ち悪い。気持ち悪いっ。あんたに、死ぬのは構わないけど、殺されるのが癪だ。私よりも身長低いくせに、小さいくせに。別に身長低い人が嫌いなわけじゃないけど、あんたは嫌いだっ」
 私は、渾身の力を込めて、暴言を吐いた。命尽きる直前に、人生で一番暴言を吐いたということになるだろう。何だか爽快感に溢れている。しかし、頭はくらくらとしてきた。もう駄目だろう。

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