「無様な姿ね、サク・セイハイ」
炎の中でも決して見劣りしない鮮やかな紅色の髪が、サクの視界に入った。それと同時に、酷く冷めた声が響く。
サクはくすりと笑った。もう何十年も会っていない。さらに、彼女とは、酷い別れ方をしているのだ。しかし、サクは、遠慮なしに言った。
「ライアルに、一度だけチャンスをあげてくれないかな」
そう言って、既に力が入らないせいで、足の上に横たえただけのライアルに目をやる。
「ふふっ、私に育てろって言うの? 良い度胸ね」
「駄目なのかい?」
サクが、もう力が入らないせいで、弱弱しくなった笑みを浮かべ、そう尋ねると、アンは肩を竦めて見せた。
「あなたと夜の君主の子。大変そうじゃない」
「じゃあ、適当な人に預けて」
間髪いれずに、サクは言う。もう、時間はない。
「幸せに……してくれそうな人に……」
サクの意識はゆらゆらと揺れた。それでも、意識はあった。揺れていても、それがぶれることはない。
「他に心残りはない?」
アンの笑みに、サクは紡いだ。声にはならない、叶わぬ最後の願いを。
「もう一度会いたい、なんて」
冷酷でもなく、非道でもない。しかし、誰にも心を開かなかった男。社交性がなかったわけでもないが、世界が灰色だと言い切り、上辺の笑みだけで過ごしてきた。
その癖、あんな風に優しく笑えるのだから、詐欺としか言いようがない。
「弱弱しいわね、サク」
もう一度会いたい。それは一体、どれだけ儚い願いで、どれだけ愚かな望みだろうか。
サクの実力ならば、守手一群ぐらいならば、追い返せる。彼が命を賭したフヨウもそれに同じ。本当に会いたいのなら、フヨウに高度守護魔法など掛けない、と思うだろう。しかし、彼はそれをしなかった。
「私は、あなたを馬鹿にはしないわ」
たった一人の女しか見えていなかった男を、盲目だと嘲ることが、何故できようか。誰よりも盲目であることを理解しているのに、今さら笑ってやる必要は無いだろう。
それに、誰でもできることではない。あれだけ一人の女に執着して、あれだけ盲目になることは、少なくともアンにはできない。
「ライアル、あなたは何を求める?」
世界を愛する美しき妖界の姫は、血塗れの子どもに問う。男によく似た顔ではあるが、女の色を受け継いだ偽りの子に。