夜の君主の死

Photo by (c) Butterflyxxx

 フヨウは、仕事が終わった後、キナを預けているカリナに呼ばれ、守手本部の待合室でお茶を飲んでいた。それがいけなかった。
 お茶には睡眠薬が混ぜられていた。
 フヨウが目を覚ますと、そこは暗い牢獄だった。フヨウは、牢獄に縛られていた。しかし、それだけではなかった。
「そういうことか」
 フヨウは、ナイフが刺さっているのに関わらず、傷一つついていない自分の肩を見た。ひやりと冷たい汗が背中を流れる。
「大馬鹿者が」
 暗い天井を見上げ、フヨウは自嘲する。
 フヨウはすぐに謀られたことに気付いた。そして、それを計画した人間のことも分かっていた。しかし、そんなところに意識はいかない。
「本当に私は嫌われているようだ。君は、どこまで、私に罪を着せる気かね?」
 サクを殺すようにエルツァを導いたのはフヨウであり、また、失態により、高度守護魔法でサクを死に至らしめたのもフヨウだ。
「君がここまで愚かで、ここまで性格が悪かったとは思っていなかったよ。もう救いようがない」
 自分が死を選ぶことぐらい分かっていただろうに、あの男はこの様だ。優しさの欠片もない男だ。サクは、魔法を嫌っていて、見返りのない愛をもっとも苦手としていたのを分かっていたのだ。
 それでもこの選択をした。生きてくれるかもしれない、などというサクの迷惑極まりない淡い希望によって、この有様だ。
 フヨウは、ゆっくりと息を吐いた。しかし、フヨウにも、幸せな生活を危険に晒してまで、やり遂げるべきことがあった。それは、サクの希望と同じように、叶わぬことだ。しかし、受け継いでくれる人は存在する。
 暗い世界は変わる。歴史は動く。しかし、それを見ることは叶わない。愛すべき人間が動き出す。人間は、尊厳を勝ち取る。
「ランシア・スカイアイ、エフィア・ストアライト、スフィア・ストアライト、カナン・レインアイ、よく聞きたまえ」
 高々と、そして朗々と、一人の人は声を上げる。
「私は負けてなどいない。貴殿らにとっては、たった二十年。私が何も残さずに、この大地を踏みしめてきたとは思うな。この世界は変わる。時代は大きく動く。もう、貴殿らには止められまい」
 夜の君主は叫ぶ。差し込む光に抗う。
「Farewell to You……サク、今行く」
 夜の君主は、否、フヨウは穏やかに笑った。そして、漆黒の夜に光が差し込んだ。


 初めて「幸せ」を感じた家は、燻る煤の中、跡形もなく、焼け落ちていた。
「サク様っ、ライアルちゃんっ」
 その空間は、不気味な静けさを持っていた。虚しくなるだけの声は、焼け落ちた家以外何もない大地に、静かに消えていった。
 マラボウストークは、焼け跡に足を踏み入れた。真っ黒な地面。初めて知った家族と暮らしていた家は、名付けようのない大地に変貌していた。
 そして、丁度リビングに当たる場所に、異様な白さを持った物を見つける。
 白い大人の骨。
 マラボウストークは眩暈がした。
 ただ、己のいなかったことを悔いて、謝ることでしか、喪失感を紛らわすことしかできない。
「ごめんなさい」
 呟かれた言葉は、燻る煙に消えていく。
 フヨウが帰ってきたら、何を言おうか。どうやって弔おうか。そう考えていた青年は、さらなる奈落に突き落とされるなど、何故考えることができようかか。

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