The Night Monarch
Goodbye and Farewell
フヨウが部屋に戻ると、クリスが待っていたかのように、ベッドの上に座っていた。フヨウが、どうしたのかね、と尋ねると、クリスは、目を細め、言い難そうに言った。
「私は、母さんが大嫌いなの」
フヨウはベッドに足を投げ出し、黙って頷いた。
「そんな母さんがね、魔界人は野蛮だ、とか色々言うから、絶対嘘だと思ったんだけど、やっぱり嘘だったわ」
クリスは、へらっと笑った。勝気なクリスらしい。
「人によると思うよ」
フヨウは笑った。フヨウの頭に真っ先に浮かんだのは、サクだった。天界人でも、サクを野蛮だとは思わないだろう。見た目だけならば、優男に見えなくも無い。さらに、あの大人しい性質だ。
「貴殿は、それが原因で、家出をしてきたのかね」
フヨウがそう尋ねると、クリスは頷いた。そして、はっきりと言った。
「でも、私もクロウと同じだわ。帰らないといけない」
フヨウは薄らと笑みを浮かべた。
「それは寂しくなるね」
帰るべき場所の無いフヨウとサクは兎も角、クリスやジェイクには帰るべき場所があるのだ。
フヨウがそんなことを考えながら黙っていると、クリスが徐に溜息を吐いた。
「それで、あんた、サクと二人きりで大丈夫なのかしら」
そういえば、そんな問題があった、とフヨウは漸く気がついた。元々、クリスに誘われて旅に同行しているわけだから、サクと二人っきりになった時に、一緒に旅する理由も無いのだが、離れる理由も無い。
「そうだね。最近仲良くなり始めたところだからね」
フヨウは溜息混じりの笑顔を浮かべた。
「本当に心配だわ」
クリスは豪快に溜息を吐く。フヨウはくつくつと笑った。
「サクのことは、誰よりも信頼しているよ。しかし、困った人だ。人に、悉く興味が無いらしい」
すらりと背の高い男の青い瞳は、人を見てはいない。興味すら感じない。信じるなんてことはあり得ない。
「あなたを除いてね」
クリスがさらりと言った。口元には笑みが浮かんでいる。
「嫌い、という感情において、私は特別なんだ。お互いが好きでも無く、分かり合えているわけでも無いのに、誰よりもお互いのことを理解している」
フヨウはつらつらと喋った。そして、穏やかな笑みを浮かべながら、クリスに尋ねる。
「不思議だと思わないかね」
「不思議だわ。でも、凄くあなたたちらしいじゃない」
空色の瞳がすっと細くなり、いつもの明るい笑顔がクリスの顔に浮かんだ。
「フヨウ、あなたのそういうところ、好きだわ」
続けられた言葉は、素直で、フヨウは口元を更に緩めた。
「クリス、有り難う。私も、クリスが好きだよ」
フヨウの初めての女友達は、照れたような笑みを浮かべた。それから、二人で男二人のことを喋り続け、夜更かしし過ぎて朝寝坊した。
クリスとジェイクは、朝から帰り仕度を始めた。魔法の町で、色々なものを買って歩くというのだ。その間、フヨウとサクは、宿の一階で寛いでいた。
「とりあえず、今までは金銭的に、クリス嬢に依存してきた部分も大きい。真面目にやっていかなければいけないね」
フヨウがそう言うと、サクは黙って頷いた。朝の時間はゆったりと流れる。二人は、ほとんど何も喋らなかったが、決して、嫌な空気は流れていなかった。二人は、朝の静寂を楽しんでた。
そんなフヨウがお茶を手に取り、窓の外の小鳥を眺めていた時、宿の扉が勢い良く開いた。
フヨウが、扉の方へ顔を向けると、そこには、昨日の三人の子どもたちの姿があった。皆、皮袋などを持ち、服装は動きやすそうなものである。
入ってきたのは良いが、三人で色々と言い合ってから、漸く、マラボウストークがフヨウに向かって言った。
「フヨウ様、旅の仲間に入れて欲しいのです」
勇気を出して言ったのだろう。普段よりも、上擦り気味な声に、フヨウは口元を緩めた。
「連れて行って下さい。お願いします」
クロウとエルツァも続けて、頭を下げる。
三人共、それぞれ思うことがあるのだろう。フヨウは、穏やかに笑いながら、尋ねた。
「領主殿の許可は下りているのかね」
三人は顔を上げ、安心したような笑みを浮かべ、はい、と元気良く返事をした。
「暫くは、魔界を回るが、天界にも遊びに行く予定だ」
良いかね、とフヨウは笑いかける。はしゃぐ子どもたちに、更に口元を緩めてから、サクの方へ向き直る。
「楽しくなりそうだ」
サク・セイハイは、心底どうでも良いようだった。欠伸こそしないものの、子どもたちの様子に顔を顰めることも、口元を緩めることもしない。
「拾ってきたものの面倒は自分で見てね」
しかし、自分は関与するつもりは無いことを、はっきりと宣言する。
「当たり前だろう。楽しみだよ」
フヨウは、笑顔の三人を見た。
「マラボウストークが、強い力と優れた頭脳を、何処で使うことを選ぶのか。エルツァは、何処まで正義を追い求められるか。クロウは、どのような志を持つようになるか。楽しみで仕方が無いね」
上機嫌な夜の君主は、子どもが好きだった。そのため、溜息を吐くサクの顔など、視界の中に入っていなかった。
天界への魔方陣は、町の中心の広場にあった。青空の下、荷物を抱えたクリスとジェイクを、フヨウたちは見送りに来ていた。
「天界にも遊びに来なさいよ。暫くは、母さんと一戦交えないといけないから無理だけど」
クリスは明るく笑った。空色の瞳は、青い空で更に青くなる。この笑顔が、暫く見れないかと思うと、フヨウは、少し憂鬱な気分になる。
「クリス嬢の御活躍を期待している。ジェイク殿も頑張りたまえ。後片付けをね」
恐らく、親子喧嘩の片付けを何らかの形で負わされるであろう青年に、フヨウは笑いながら言った。
「何で分かってんだよ」
呆れたように笑う青年も、暫くは見ることができない。
「Goodbye」
元気良く手を振る二人の仲間に、さらりとサクが言った。相変わらず、大した興味も無いようだが、一応仲間の意識はあるのだ。
フヨウも、魔法陣の光で消え行く仲間に向かって言った。
「Farewell to thee!」
サクの隣で、穏やかな笑みを浮かべながら、フヨウは仲間を見送った。
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