The Night Monarch
Night Abyss
海の国の宿は静かだった。フヨウは、賑やかな食事を済まし、シャワーを浴びて、宿付きのローブに着替えた。相部屋のクリスは、ジェイクとサクがいる隣の部屋に遊びに行っている。フヨウは堅い布に入った二本の剣を持って、ふらりと部屋から出た。
下に降りると、お喋りを興じる人たちがいた。フヨウは、見知らぬ一団に、深々と礼をして挨拶をすると、ゆっくりと宿の扉を開け、夜の世界を歩き始めた。
月のない夜だった。二日間与えられた朔の日。部屋から漏れる僅かな光しかない細い道を、フヨウは歩いた。町は静かだった。夜の職業に就く者もいないのだろう。時折見回りの人間が歩き回っているだけである。自分に気づかず通り過ぎてゆく見回りを横目で見ながら、海の国の領主が名君主だと言うのは、本当だったんだ、などと思う。
何時の間にか噴水のある広場にフヨウは来ていた。フヨウは小橋を渡り、噴水の縁に腰掛けて、夜空を眺める。無数の小さな星と、闇しかない空。
「危ないね」
月のない空。朔。あの瞳は危なげだ、とフヨウは思った。全てを拒絶することで、自分を何とか保っている者の瞳。
「生憎、私は助けてあげるほど優しくはないんだよ」
ふっ、と自嘲気味に笑う。闇に溶け込んでいるのに、異様な存在感を示す緋色の髪は、夜風でふわりと靡いた。
フヨウは黙って星を見ていた。否、闇を見ていた。闇は穏やかだった。しかし、突然フヨウは人の気配と、水の音を感じた。フヨウは、噴水に繋がる大きな水路を見た。
大きな水路に、小船が浮かんでいる。少しずつこちらに近づいてくる小船には、見覚えのある少年が乗っていた。昼間見た兄妹の兄である。
少年は、フヨウのすぐ横の水路を船で通り過ぎようとしていた。当然、フヨウには気づいていない。フヨウは、その少年の顔が強張っているのを見た。不安そうに辺りを見回しながら、ゆっくりと小船を漕いでいる。
「貴殿は、どなたかを探しているのかね」
声をかければ丁度通り過ぎた少年は、びくりと振り返ってフヨウを見る。
「そう怖がらなくても良い。私はただの旅人だ」
体中で恐怖を感じているであろう少年に、フヨウは優しく微笑む。小さな櫂から水滴が落ちた。
「私はフヨウだ。ここで、夜空を眺めていたんだ。貴殿の御名は何かな」
そこまで言って、漸く少年は口を開いた。
「トウキ……トウキ・アーヴィアです」
アーヴィア族は、海の国の主要民族で、水の魔法を得意とした民族だ。喋れるほどにはなったものの、未だに怖がる少年に、フヨウは心の中で溜息を吐いた。
「昼間、妹君と一緒に船で遊んでいただろう。妹はどうしたのかね」
「妹が迷子で……」
少年は落ち着いてきたのか、事情を喋り始めた。
兄妹は、戦士だった両親を紛争で亡くし、町の人に助けられながら二人だけで生活をしていたらしい。夕方、妹が一人で船に乗って家の前で遊んでいたのだが、少年がご飯を作り終わって妹を呼びに行くと、いなくなっていたらしい。それから、町中を船で探して回っていたとのことだった。町の人には心配を掛けたくなかったから、妹のことをまだ言っていないらしい。
「海に出て行ってしまったんでしょうか」
「まぁ、そう考えるのが普通だな」
慣れたのか、船を止めてフヨウの隣に座って、不安げにそう呟く少年に、フヨウはさらりと言う。フヨウは別のことを考えていたのだ。
「何故、君は夜闇を怖がるのかね」
海の国の町は平和だ。夜、不審な者が出るわけでもない。穏やかで静かだ。
「海に出るのが怖い理由は分かるんだ。その小船では、転覆する可能性が高いからね」
海は厳しい。それはフヨウにも、同感はできなかったものの理解できた。海は自然である。人間が海を恐れるのは当然のことだ。しかし、夜は時空だ。昼よりもずっと穏やで、優しいものだ。
「何かが出るかもしれません」
少年は俯き気味にそう答えた。
「幽霊(ゴースト)のことかい」
フヨウはとりあえず、夜に活動して、子どもが怖がりそうな種族の名前を挙げてみる。少年は頷いた。
「彼らは四界の時空と生死を監視する者たちだ。襲い掛かってくるようなことは、まずないだろう」
四界の守護者、と呼ばれる幽霊が、理由もなく人を襲うことはまずないだろう。呪いなど以ての外だ。
「むしろ、君が警戒すべき者は、人間だ」
ローブ一枚で、夜空を眺めているような者は、それほど警戒しなくて良い、と付け足す。
「君の妹君もそうだ。人間に攫われたなら、警戒しなくてはいけない。まぁ、自然などはどうしようもないから、諦めるしかないが。ただ、君の妹君は、夜に攫われたんだ。それほど気を病む必要はない」
少年は訊き返す。フヨウは穏やかに微笑んだ。新月の日の夕方、水辺で子どもがいなくなるといったら、一つだけである。月のない夜、彼らは夜と闇を称える。
「今宵は新月だ。新月の夜は、海の精霊たちの宴がある。可愛らしくて、素直そうだったから、招待されただけだろう」
「妹は、大丈夫なんでしょうか」
「明日の朝には帰ってくる。海の精霊たちは、きちんと家まで送り返してくるからな。今頃、揺らめく水面から夜空を眺めていることだろう。妹君は、水中で息ができるようになって、帰ってるだろうね」
安心したように溜息を吐く少年を横目で見てから、フヨウは再び夜空を眺める。
「人間とは不思議なものだ」
必死になって妹を探す子も、いつかは人を裏切ることがあるだろう。ここまで両極端な性質を併せ持つ種族は少ない。フヨウにとって愛しい存在であることに変わりはなかったが、そこに至るまでには、諦めを通り越した何かがあった。声にならない呟きは、闇に消える。
何か言いました、と尋ねる少年に、フヨウは独り言だよ、と返す。
「隣、暫く座っていても良いですか」
「勿論だ。精霊たちが称える闇の夜を見ようではないか」
風が吹いた。心地良い風だった。ふらりと漆黒のローブが揺れる。噴水の水の音は静かだ。闇を称える人間は少ないが、闇を称える種族は多い。安息の闇。
「貴殿は幸せそうだな」
えっ、と驚いた顔をした少年に、フヨウはとあることに気づき補足をする。
「僻んでいるわけではない。私は幸せだ」
「いや、そんなことじゃなくて、幸せだって言われたことが初めてで……僕たち兄妹は親がいないから、いつも、不幸だ、可哀想だ、とばかり言われるんです。確かに、両親が死んだ時は悲しかった。でも、僕には妹もいて、友達もいて、支えてくれる町の人もいるから、幸せなんです。だから凄く嬉しいです。自分が幸せなことに、僕は誇りを持っています」
少年の言葉に、ほう、とフヨウは感心の声を上げた。ここまで、自分が幸せだということに、感謝して、理解していてる人間は少ない。自分が幸せだと思える人間も、ほとんどいない。
少年は笑顔だった。夜空を眺める横顔は、本当に嬉しそうだった。
「貴殿に良いことを教えてあげよう」
少年はこちらを見て首を傾げる。
「闇が死を齎すこともあれば、光が死を齎すことがある。光が生を齎すこともあれば、光が生を齎すこともある。闇は万能だ」
人間は、闇と死、光と生を結び付けて考える。しかし、それは全く誤った考え方だ、とフヨウは思っていた。人間は、闇がなくては生きられないことを知らないのだ。光を生む太陽には感謝するのに、闇には感謝をしないのだ。その所為で、次々とその考えは定着していく。
「魔法の中で、一番役に立つ属性は闇だ、と死んだ父から聞いたことがあります」
少年は、暫く黙って空を見上げていたが、にっこり笑ってそう言った。
「素晴らしい父君を持ったものだな。闇は、死を齎し、生を守り、癒し、惑わす」
魔法には、大きく分けて八属性あるが、その中で一番術の数が多いのが、闇属性である。その上、威力も高いのだ。闇は、昔から魔法と強く結びついていた。魔法の始まりは、闇だったと言われている。フヨウは、穏やかな夜空を見上げ続けた。掴むこともできず、目に見える恩恵を与えてくれない闇。温かくも冷たくもない、生暖かいような特有の雰囲気。その曖昧さ故に、真の闇を持つ者は、あまりにも少ない。
「フヨウさんは、黒が似合いますね」
「よく言われる。普段はあまり着ないのだが、黒は好きだ」
黒は闇の色。恐怖と安息を司る色。
暫くすると、少年は立ち上がった。
「貴殿に闇の御加護があらんことを」
では明日の朝は、妹に朝ご飯を作らないといけませんから、と立ち上がった少年に、フヨウは深々と礼をした。
少年が闇の中へ消えたのを見届け、再び広がる闇を眺める。フヨウは暗闇で一人微笑む。フヨウも、新月の夜に海の精霊に招かれたことがあった。
「あなたは夜でしょ」
精霊の一人は幼いフヨウにそう言った。揺らめく水面は本当に美しくて、そのベールの向こうの夜空は、さらにに綺麗だった。
フヨウは一人で夜空を見続けていた。しかし暫くすると、特有の堅い靴の音が近づいてきた。
「これはこれは、サク殿ではないか」
近づいてきたところを見計らって、サクを見る。
「フヨウさん、探していたんですよ。突然いなくなって、クリスが心配していました」
相変わらず、サクは爽やかに笑う。そしてやはり、その笑顔は胡散臭い、とフヨウは思った。自分が嫌いならば関わらなければいいのに、と思いつつ、そのことは言わない。そんな矛盾もフヨウは好きだった。それは、フヨウの種族では珍しい。
「ふふ、それは悪いことをしたな。探しにきてくれたのだな。礼を言う」
クリスが慌てる様子を想像して、笑みを零す。
「フヨウさんは、夜が好きなんですか」
「好きか否か、そのような問題ではない。私が魚だったら、夜は水だ」
フヨウは立ち上がり、歩き出す。闇に溶ける長い緋色の髪を揺らし、深い草原色で闇を映す。隣を歩く青年は、この答えを予想していたのだろう。
「では、サク殿。こちらからも、お尋ねして良いかね」
そう尋ねれば、人懐っこいとは言い難いが、鮮やかだが深みを持った青い瞳を細めて、良いですよ、と頷く。
「君は幸せかね」
フヨウは、その青い瞳に戸惑いと影が差したのを横目で見た。
「幸せですよ」
予想通りの答えと、予想通りの反応。危なげなのだ。偽りの上に成り立った自分を崩せないし、本当の自分を認められないのだ。サク・セイハイは人間らしいのだ。上に立つ者特有の雰囲気と、強い精神力を持っているのに、中身は弱く、あまりにも儚い。
「サク殿は人間らしい人間だ」
核心を突く言葉を言えば、すぐに表情が変わり、その闇が響動き始める。感情と表情の起伏が激しい。
「僕は、あんたが嫌いだよ」
突然変わった口調と声。口元に広がるのは、決して爽やかとは言えない歪んだ笑み。サク・セイハイの本性とも言える、獰猛な闇の部分。フヨウの方をまともに見ようとしないその青い目からは、優しく深い闇が取り除かれ、まるで奈落のようになっていた。
「何を今更」
「やっぱり、気付いていたんだね」
サクは、そういうところも気に入らない、と付け加えるのを忘れない。切り返しは、今までよりもずっと速い。
「あからさまに、胡散臭い笑顔を浮かべられていたからな」
「割と自信あったんだけどね」
サク・セイハイはにやりと笑う。人を小馬鹿にしたような口調と口元。最早青い瞳には、表面上では、迷いは欠片もない。
「まぁ、私は貴殿のことも好きだが。人間は皆、愛おしい」
「それはそれは、随分と心の広いことだね」
宿までには、かなりの距離がある。誰もいない夜の道を歩く。口元に歪んだ笑みを浮かべる青年は、綺麗な銀髪のくせに、夜に溶け込んでいる。
「貴殿の方がずっと広いと思うがね」
この青年はも、周りの人間に淡い夢を抱いていたのだろう。だからこそ、ここまで人間を嫌うのだ。
「戯言を」
「まぁ良い。今宵は特に闇が美しい」
月のない夜空は、一点の曇りもない。散りばめられた小さな星は、その闇の美しさを際立たせる。
「サク殿、夜において、光は闇を飾るためにあるのだよ」
僅かな声にしかならなかった言葉は、闇の中へ溶けていった。
二人は長い橋に差し掛かっていた。海に掛かる長い橋だ。
フヨウは、ふわりと漂う異質な空気を感じ取った。橋の下である。人間ではないことは確かである。
「私は橋の下に行こうと思うが、貴殿はどうするのかね」
ゆっくりと立ち止まると、サク・セイハイは無表情で振り返った。
「行こうかな」
胡散臭い爽やかな笑みだ。闇を背景に見るそれは、影の笑顔だ。鮮やかな青に映された夜空。嫌いなのに関わろうとしてしまう理由は、結びつける共通の闇があるから。
「では参ろう」
橋の上に飛び乗り、海の中にある大きな岩を目掛けて飛び降りる。かなりの距離があったものの、人間ではないフヨウにとっては、階段を二段上から飛び降りるような感覚だ。
特有の音と共に、闇の階段が構築された。サクの魔法だ。黒々と輝くそれを、サクは急ぐことなく降りてきた。ここまで完全な階段を構築できるのは、優秀な魔法使いの証である。
「完璧な魔法だ」
「お褒めの言葉をありがとう。あんたの飛びっぷりも最高だよ」
サクは、フヨウの隣の岩を踏んだ後、階段を一瞬で消して、にこやかにそう言った。
お世辞ぐらいは言えるらしい。どうでもいいことも考えながら、フヨウは、セイハイ族が光の魔法を好むことを思い出した。
「夜が君……」
か細い声が響いた。ぼんやりと水面に影が浮かび、金髪の女が顔を出した。深い闇のような瞳に緑色の肌。表情は曇っていて、何かがあったとううことがすぐに分かる。
「フィリア・セイレーン嬢ではないか」
セイレーン。夜に愛された民族。海と闇をこよなく愛し、歌い、惑わす、孤高の民族。鮮やかな金髪は、闇を称えるためにあると言われている。
「ご無沙汰しておりました」
フィリア・セイレーンは深々と頭を下げる。髪は濡れているのに、風で軽く揺れる。鮮やかでしなやかな金髪は、夜に合う。
「フィリア嬢は、相変わらず美しいことで」
「そう言って下さるのは、貴方様だけでございます」
フィリアはふわりと微笑んだが、すぐに曇った表情に変わった。
「実は、水の精霊の様子がおかしくて……何かの呪いを掛けられたのだと思いますが、どうしようもできないんです」
フヨウは僅かに眉を顰めた。
「それは心配だ。すぐに案内してくれたまえ」
フィリアは微笑み、頷くと、水の中へ消えた。フヨウはサクを見る。
「僕は大丈夫だよ。水中呼吸はできるから」
それは、サク・セイハイも、着いて来るということを意味していた。フヨウは微笑する。
「では参ろうか」
ゆっくりと水の中へ入る。水は温かい。
光珊瑚の光で仄かに明るい海の中に、フィリア・セイレーンは待っていた。光珊瑚の仄な光で際立つ闇。深さとしては、頭が出るか出ないかの瀬戸際である。ゆっくりと泳ぎだしたフィリアの後を、フヨウは静かについていった。ずっと珊瑚礁が続く。
「フィリアちゃん、フヨウ様。お待ちしておりました」
ふわりと穏やかな水流が起きた。現れたのは淡い青緑の肌の小さな妖精。掌に乗るぐらいの大きさの妖精は、くるりと水中で回った。
「そちらの方は」
「私の友人だから、お気になさらずに」
フヨウが、隣にいるサクを紹介すれば、海の精霊は優しく微笑んだ。
「私は海の精霊で、フロンティアと申します」
サクは穏やかに笑う。こういうときは本当に得な性格だ、とフヨウは思った。
「妹のセレスティアが、毒で苦しんでいる様子で……呪いということも考えられるんですけど」
「呪いか……最近、とある民族が精霊の捕獲に躍起になっていると聞いたな」
サクの瞳に一瞬影が差した。フヨウはそれを横目で確認する。青い瞳の奥で、確かに何かがちらついた。
「兎に角急ごう」
フロンティアは頷き、泳ぎ出した。
ふと水面を見上げれば、漆黒の中でかすかに天狼星が光っていた。
案内されたのは、海草の生い茂る場所だった。たくさんの海の精霊が集まっている。その中には幼い少女が一人混じっていたが、やはりその少女も心配そうに精霊を眺めている。昼間の少女、トウキ・アーヴィアの妹である。
そして、その中心には、何かに悶える小さな精霊がいた。
「おそらく、光系統の呪いだろうな」
フヨウは、咳き込む精霊の髪を指で撫でる。
「苦しみの呪いと、光の神の天罰と、死を齎す光を合わせたものだ。数日前にかけられたものだな。光系統だから、今宵現れたのだろう。と分かれば、後は闇に恩恵を頂き、沈黙という名の生命の糧を頂けば良い」
「我は、闇の普遍的恩恵に感謝するものなり。沈黙という名の癒しと戒め、生命の糧とし、我生きる」
フヨウが言い終わると同時に始まった詠唱に、精霊だけではなくフヨウまでもが驚く。光珊瑚の合間を、這うように闇が滑り込み、苦しむ精霊を包んだ。ゆっくりと消え去る闇。静かな寝息とともに、安らかな寝顔が露になった。
「素晴らしい魔法です。ありがとうございます。本当に感謝しています」
我に返った精霊たちが、サクに対して口々に礼を言う。
「流石だ。文句のつけようがない程、完璧な魔法だ」
魔法としては、とフヨウは心の中で付け足す。
万物に対してやる気のなさそうなサク・セイハイが、魔法を使って精霊を助けたことが、フヨウにとっては意外だった。解決方法が分かった今、放っておいても、精霊たちだけでも何とかやっていけたはずである。
青い瞳は、優しく細められている。しかし、そこには影が差しているのを、フヨウは確認した。フヨウは微笑む。青年は、フヨウが思っていたより、繊細で危うい存在であるようだ。
「さあ、私たちはお暇させて頂くことにしようか。今日は宿で帰りを待つ人がいるんだよ」
それでは、と一礼すれば、精霊の一人が近づいてくる。
「それにしても、驚きました。夜が君がご友人をお連れしているなんて……」
にっこりと笑う精霊。細くなった青い瞳。フヨウは微笑む。
「珍しいだろう。まぁ、私も物理的に見れば、十六の小娘だ。友人と共に歩くのが、当たり前だろうが」
フヨウが笑いながらそう答えれば、フィリア・セイレーンも悪戯っぽく笑ってこう言った。
「そうですよ。夜が君は、もう少し同年代の者と親しくするべきでございます」
フヨウは考える。言われてみれば、同世代の友人はいなかった。精霊など、人間明らかに異なる者は別だ。別に同世代の者が嫌いなわけではなかったが。
「この青年は、サク殿というのだよ」
「この素晴らしい夜のお名前だったとは」
穏やかに青年は笑っている。おそらく、青年の本来の性格は、穏やかで優しいものだったのだろう、とフヨウは思い始めた。だからこそ傷ついた。フヨウは薄らと笑う。
「では、さらばだ」
フヨウは深々と一礼して、強く海底を蹴った。光珊瑚の仄かな光の向こうには、雄大な闇が広がっていた。
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